大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(う)901号 判決

控訴人 被告人 鴨田文次 外一名

弁護人 丸目美良

検察官 小山田寛直

主文

原判決中、被告人鴨田文次に関する部分を破棄する。

被告人鴨田文次を懲役三月に処する。

但し、三年間右刑の執行を猶予する。

被告人斉藤満の控訴を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人丸目美良の控訴理由は、末尾に添附する控訴趣意書と題する書面に記載するとおりである。

ところで、原判決は被告人鴨田文次に対しては、判示第一事実として、被告人斉藤満に対する無資格運転教唆と、判示第三事実として被害者岩崎満喜雄に対する無救護の二つの事実を認定しただけであつて、被告人斉藤満の過失致傷の教唆を認定してはいないのである。しかるに、原判決が、あたかも、これを認定しているもののごとく論じて原判決を非難するのは、原判決に対する誤解の上に立つ主張でしかないのであるから、かような非難はもとより当を得ないものといわなくてはならない。次に、被告人鴨田文次は判示日時に、雇人であり材木の切出人夫をしていた被告人斉藤満をして判示自動三輪車を運転させ、みずから助手席に乗つて薪の運搬をしたというのであるから、被告人鴨田文次は、まさに、道路交通取締法第二四条第一項に謂う所の「乗務員その他の従業者」に該当するものというべきである。従つて、判示自動三輪車の交通に因り、人の殺傷又は物の損壊があつた場合には、右条項の定める所により、被害者の救護その他必要な措置を講ずべき義務を負わなくてはならないのである。しかり、而して、被告人鴨田文治に対する原判示事実殊にその判示第三の事実たるや、原判決の挙示する照応証拠によつて優に証明することができ、記録を精査してみても、原判決の右事実の認定に誤ある廉を見い出しがたいのであるから、原判決がその判示事実に対し、判示各法条を適用して、同被告人を処断したとて、何等違法をもつて目すべき筋合でない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道)

弁護人丸目美良の控訴趣意

被告人両名に対する原審判決は量刑不当の違法があるから破棄せらるべきものである。

(1)  鴨田被告人

右者に対する罪となるべき事実として原審が判示せる所によれば、加害自動三輪車の運転手たる斉藤満の違反行為は、本被告人の教唆に基くものであるが如き判断をなすと共に、事故発生の直後に於て被害者の救護につとめなかつた点も亦同人の責に帰すべきものと認定しているが、過失行為に対する委任も教唆もある筈がないのみならず、不作為の責任も亦過失の行為者に在ること勿論である。然るに原審は、本件致死の原因を教唆の事実に結び付けたるが如き感を起さしむるは正に失当であり、その潜在意識の下に行われたる量刑は正に違法であると云わねばならぬ。尚、法令の規定する所によれば「車馬又は軌道車の交通に因り、人の殺傷があつた場合においては、車馬又は軌道車の操縦者又は乗務員その他の従業者は、命令の定めるところにより、被害者の救護その他必要な措置を講じなければならない。」とあるが、本件被告人は乗務員又は従業者に該当するものであるが、畢竟道誼上の問題は別として、必ずしも被告人が被害者の救護を強制さるべき理由があるのか大いに疑問の生ずる所である。加之、被告人が果して救護に必要なる救護方法をとらなかつたかに付按ずるに、記録を精査すると、鴨田の供述によれば「ガチヤンと衝突音が聞え同時に前部の窓硝子が破砕した際に、之れは何かに打ち当つたと云う認識は充分にあつた、そこで運転者に対し、大丈夫かと尋ねたら右運転者は大した事はないと答えた。」と云う事実が窺われるのであつて、鴨田被告人が人の殺傷があつた事を認識して故意に救護其他の措置を講じなかつたものであると云う証拠は無い。従つて、被告人の行為が本条違反に該当するもので無い事勿論である。然らば被告人のドノ点の行為が本件の罪となるべきものであるか了解に苦しむ所であるが、仮りに法規の解釈上幾分の犯行を発見し得るとしても、本被告人に対し懲役三月の実刑を科すべき正当な理由はないと信ずるものである。

(2)  斎藤満被告人

右被告人は、第一、法令による自動三輪車運転の資格を有せずして、他人の依頼によりて右車を操縦して貨物を運搬した。第二、自動車の運行に当り、業務上の注意義務を怠り、自転車の乗御者に衝突し顛倒せしめ死亡するに倒らしめた。第三、自動車の操縦者として救護の方法をとらなかつた。と云うに在るが、果して被告人が自動車の操縦に当り業務上の注意義務を怠つたものであるか、厳格な意味に於て本件事故は、同人の業務上の過失行為に基くものであるか、業務上と云えば少なくとも継続して一定の業務を為すものと思わるるが、判例によれば「所謂業務とは法規に基きたる職務のみではない個人間の契約や其他の慣例等に従つて或業務を継続して行つた場合も之れを包含する」とあるから本件を一種の契約行為と見るならば被告が免許を有しなかつたものであるにしても、刑法第二一一条の適用を受けぬ訳には行かぬと解すべきであるが、併し継続して一定の業務に従事したものではなく、つまり行為そのものに反覆がなかつた事は明らかであるからこの点に付原審の認定は妥当でないと思われる。次には原審は斎藤被告が運転上の注意義務を怠つた点を証明充分なりと認定するが記録を閲するに、1、被告にはスピードの違反もなく亦通行道路の運行を誤つた訳でもなく事実は砂利の堆積せる小山に車輪を乗上げた際反対方向より無燈火で走つて来た自転車に衝突して本件の事故を発生せしめたものであるが、サテこの事故の発生は被告人が業務上の注意義務を怠つたものであるとは云い難いのであつて、むしろ被害者に重大なる過失があつたものではないか、暗夜に無燈火で而かも道路の右側を自動車に対面して通行する違反行為が本件の責任を負うべき相当の理由があるとすべきで、往々この種事故の発生に際しその責任の帰趨を被害の少なきもの(むしろ自体の強力なるもの)に認定する傾向がある。殊に一方に死と云う結果が見らるる場合、人情的予断に囚われてその認定をなすのが通例であつて、本件の如きも正に原審が一方的に被告人の過失によると認定したのは、大なる誤りであると云わねばならぬ。2、次には、被害者の救護の問題であるが、之れとても事故による傷害等の事実を発見しながら、故意に逃走したものではなく、日暮れの帰路を急ぐ関係上迂濶にも相手方の事故を確めなかつたに過ぎないのであつて、左程重要視すべきものでも無い。

右の見解を以てすれば、本件事故の原因は却つて被害者に在るものと見るべく、さすれば、右斎藤被告を訴追すべき事実は無免許運転の行為を主体とするもので、業務上過失致死の如きは被害事実の深刻さに眩惑して誤りたる認定がされたものと見るべきである。如斯軽微の犯行に対し、原審が特に禁錮又は懲役刑の選択をなし、而かも、体刑の実刑を以て処断したのは当然重きに失するものであつて、被告人等の承服出来ない所である。尚亦当被告人に関する情状の点より見るも、被害者に対して已に充分の弁償がなされ彼等の居住する地域の有志よりは深甚なる同情が寄せられ酌量減軽の歎願さえもなされつつある事実に鑑み特に御賢察を切望するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例